魔法が使えないから

魔法が使えなくても、君に会ってただ話をしたい

もう一度、ずっと、青春を

現在4月23日20時41分。虹会が終わって、余韻にひたひたの状態でこのブログを書いています。

もう、本当に、最高に幸せな時間だった…

例のごとく、あー、ジャニーズWESTってなんでこんなに素敵なの?とか、こんな素敵な人たちに出会えて、同じ時間を共有出来てることが私の人生の財産だなあとか、改めて実感し直しているところです。

 

正直「青春」っていう言葉は、いまの私にはもう無縁の言葉だと思ってた。

高校を卒業して、成人して。人生にはとにかくたくさんの分かれ道があるってことを知って、酸いや甘いの端っこくらいは嚙み分け始めたんじゃないかなとか、生意気にも少し感じているし、20代に突入した途端、10代の頃の思い出たちがキラキラして見えてきて、感慨深さと共に少し寂しさも感じたり。

でも、ジャニーズWESTが私にくれる時間はいつも不思議で。何にも気にせず無邪気な自分に戻れるような、そんな感覚。ワクワクが止まらなくて、今にも叫びだしたくなる。一緒に歌いたくなる。大切な誰かのことを思い切り抱きしめたくなる。「ジャニーズWESTのことが大好きだ!」って世界中に言って回りたくなる。

この気持ちをどう表現していいのかわからなったけど、今日重岡くんや淳太くん、小瀧さんの言葉を聞いてやっとわかった。

これが「青春」なんだって。

 

ジャニーズWESTは、きっと、青春の延長線上にいる。

重岡くん、思い切りふざけてみたと思ったら次の瞬間には真剣に想いを吐露してくれたり、たくさんのありがとうを私たちファンやメンバーに一生懸命届けようとしてくれたり。そして次の瞬間にはまたおふざけ。目まぐるしい人だけれど、どう思われるかなんて気にせずその瞬間に生まれたエネルギーや感情を躊躇わず発信することが出来る、そういう絶対的な信頼をメンバーに、‟ジャニーズWEST”という空間に置いているからこそ、重岡くんはまっすぐな重岡くんのままでいられるんだろうなって思う。

「じゃあね」のレコーディング前にメンバーに手紙を書いたという重岡くん。手紙を読んでレコーディングに臨んだメンバーの声が載った音源を聴いて、「おれ、めっちゃうれしかったんよ」って笑う重岡くん。一音一音丁寧に、鍵盤に指を置いていく重岡くん。歌っているメンバーの表情を嬉しそうに見つめる重岡くんも。

何も飾らず、周りに、そして誰より自分に一番正直で、まっすぐな重岡くんの姿をたくさん見ることが出来て嬉しかったな。

 

濵ちゃんの「俺たちは楽しいことしかしないので」って言葉。

「まずは自分たちが楽しまないと。自分が楽しいって思ってないことを、見てる人が楽しいと思ってくれるわけがないから」ってよく話している濵ちゃんは、つらい時こそ笑える人。本当は全部が楽しいことなはずなくて、きっとつらいこともしんどいこともたくさんある。けど、そういう時こそ笑顔でいられるやつが一番強いって信じてる濵ちゃんには、どんなにつらいことも最後の最後には「楽しかった」って言ってのける強さがある。だからきっと、楽しいことしかしないんじゃない。全部を「楽しいこと」に変えていける人なんだろうなって。

いやなこともあるけど、最後には「あー楽しかった」って笑い話にできる、それってなんだかすごく青春な気がします。

 

小瀧さんは青春時代を全てアイドル活動に捧げた人。青春と夢を天秤にかけて、夢を取った人。

でも、そんな小瀧さんが、「青春を全部取り戻してます」って笑顔で言ってくれることが本当に嬉しかった。今を思い切り楽しんで生きていることが全身から伝わってきて、そのエネルギーに心が震えた。「少しでも悔いのある青春時代を過ごした方、今ならまだ間に合います!」ジャニーズWESTとなら、また一緒に青春出来る。その言葉にこんなにも説得力のある人はきっと他にいないよ。歌いながら重岡くんと背中を合わせたり、流星くんと肩を組んだり、身体を揺らして全力で歌いつくす小瀧さんの姿は本当にかっこよかったです。

 

あ、メンバー全員分書くとかそういうんじゃ全然ないんですけども。ここまで書きたいことブワーって一息に書いたらこんな感じになりました。以上、私的虹会ハイライトでした。

 

改めて思ったことは、やっぱりジャニーズWESTから発せられるエネルギーって本当にすごい。とてつもなく大きくて、熱くて、それでいて優しい。そしてそのエネルギーって、一人きりなら絶対に生み出せなかったものなんだろうとも思う。7人がそれぞれに芯のある人で、それと同じように弱い部分もあって。それをお互いにきちんと補い合えてる。太くて大きい樹が地面の下で強く根を張るようにね。7人それぞれが自分にしか埋められない居場所を持っていて、その場所にぴたりとはまったときに大きなパズルが完成するような、そんな感覚。伝わるんだろうか、これ。

とにかく、私はそんなジャニーズWESTが心の底から大好きです。

 

「僕ら互いのこと少し想えたら それこそが日々当たり前と呼んだ無防備なやさしさ、きっと”愛”だ」

強く、大きな愛にあふれる7人の9年目にもたくさんの光が訪れますように。

7人の夢がこれからも日々、叶っていきますように。

いつも本当にありがとう。愛しています。

そして改めて、デビュー8周年おめでとう!

 

2022.4.23

 

 

追伸 重岡くんの歌う「愛せ君の人生」は、これからもずっと私のお守りです。

ライオンを脱ぎ捨てた男

”デビュー当時、重岡はライオンを被っていた”

メンバーがよく彼について口にする言葉。言い得て妙だな、と思う。

猫ではなくて、大きくて、強いライオン。言い換えてみると、重岡くんにとってそのライオンは自分の身を守る鎧のようなものだったのかもしれないなって。

それとは対照に、今の重岡くんには、ありのまま、自然体、そういう言葉が似合う。

 

彼がライオンを脱ぎ捨てた瞬間がいつなのか、はっきりとわかるわけではないけれど、私が見てきた六年半の中に、変わっていく重岡くんがいたのだと思う。

 

 

はっきりと変化を感じたのは、「間違っちゃいない」の制作秘話を各所で重岡くんがポツリポツリと語ってくれたあの冬だったかな。あの時、初めて重岡くんの”弱さ”に触れた気がした。

アルバムに収録するユニット曲についてメンバーとスタッフさんで協議を重ねていた時、重岡くんは自作の曲を持参して、その曲をやりたいと提案したんだけど、前年のアルバムのユニット曲と雰囲気がかぶるから、という理由でスタッフさんをはじめ、メンバーからも反対されてしまって。アルバムをよりよくするための意見とはわかっていながらも、自分の用意した曲に情熱をもって会議に臨んでいた重岡くんはかなりショックを受けてしまって、そのまま会議は進み、神ちゃんと濵ちゃんと三人で楽器を使ったパフォーマンスをすることに落ち着いた。新しく曲を作り直すことになった重岡くんは、楽屋でもあまりメンバーと話せず、精神的に孤立してしまった状態でひたすら曲を書いては消して、書いては消して、ってしてた。そんな重岡くんの姿を見てたメンバーはみんなすごく心配して。重岡くんに電話をかけた濵ちゃんの

 

「しげはなんも悪くないよ。なんも間違ってない。」

 

その言葉がきっかけでできたのが「間違っちゃいない」。

それまでの重岡くんは、私たちファンに対してはいつもあっけらかんとして、「悩むこととか、あんまりないなぁ」って、そんな感じだったし、演技以外で重岡くんの涙だったり、暗い表情、憂鬱な気持ち、そういうものをみたことがなかった。そんな重岡くんに対して強い信頼を抱いてもいたんだけれど、この曲ができた経緯について重岡くんが自分の言葉で話してくれた時、なぜかすごくほっとしたのを覚えてる。

それから、あの言葉。

 

「七人でやりたいよ。でも俺が言ってもどうせ空回りしてんねん。また重岡が言ってるわって思われる」

 

寂しそうに、ポツリポツリとそう話してくれた重岡くんの声が切なくて、胸がギュッと締め付けられた。「間違っちゃいない」を、今度は七人でやりたい。でも、重岡くんの心にはあの時感じたことがきっと残っていて。だから躊躇って、ほんの少し投げやりになって。大好きで大切なメンバーと一緒にいたって、孤独を感じてしまうことが、彼にはある。一人じゃないけど、「独りだ」って感じることが彼にはある。

あの言葉は、それまで私たちに、楽しかったこと、嬉しかったことばかりを溌溂と話してくれていた彼からは想像もつかないものだった。心のどこかで、嫌なことなんてはねつけて、めげずに前進していくのが重岡大毅という人間だと、勝手に決めつけてしまっていたのかもしれない。だから、彼の人間臭さを垣間見た、その衝撃と苦しさは今でも忘れられなくて。でも同時に、そんな重岡くんの弱さを彼が私たちにさらけ出してくれたことにも、どこかほっとしてた。もしかしたら、ほんの少しでも私たちが彼の心の拠り所になれているのかもしれない。つらかったこと、苦しかったことを吐露する場所を、私たちが作ってあげられているのかもしれない。自己満足かもしれないけれど、そう思えたから。

 

それから、WESTV!のオーラス公演前のあのシーン。

重岡くんが演技以外で涙を流すのを見たのは、あの映像が初めてだったかも。

 

「楽しかったんすよ、ほんまに。ありがとう。ほんまに良いチームに恵まれたと思ってます。ありがとう。」

 

涙をポロポロと流しながら、何度もありがとう、ありがとうと繰り返す姿に、涙が止まらなくなった。間違ってないよ、一人じゃないよって言ってくれたメンバーに、何も言わずそっと見守ってくれていたメンバーに支えられて、「間違っちゃいない」を完成させて、ライブで披露して。最後の公演を前にした重岡くんの心に、もうわだかまりはなくなったのかもしれない、そう思ってすごく嬉しかった。

 

 

THE・アイドル。そんな風に言われていた彼がかぶっていたライオンはきっと、アイドルは夢を与える仕事だという誇り。いつでもかっこよくいること、ファンに笑顔や幸せを届けるという使命。

「僕、ジャニーズに入るまでの生き方、汚点なんですよね。周囲に流されて、夢も目標もなく、本当の仲間と高めあう喜びも知らず、一生懸命になることもカッコ悪いと思ってた。頑張れば誰かを笑顔にすることができることも知らなかった。」

重岡くんがジャニーズに入って学んだことは、人生のすべてだった。だからアイドルという仕事に並々ならぬ誇りと覚悟を持っていた。

 

でも、彼が出会って、触れ合ったたくさんの人たちによって、重岡くんの中に新しい価値観が芽生えたんじゃないかなって。

ジャニーズの先輩方、ドラマや映画で共演した俳優さん方、そしていつも精力的にジャニーズWESTを支えてくれる番組スタッフさんやツアースタッフさん。

「カッコつけんなよ」

デビュー1年目の重岡くんにそう言葉をかけてくれた、大好きであこがれの先輩である錦戸亮くんや、

「この番組に戻ってこないように、もっともっと頑張れ」

そんな風にWESTの背中を押してくれたリトルトーキョーライフのスタッフさん。

 

カッコつけない、ありのままの自分をさらけ出すことで、誰かに勇気を与えることもできる。綺麗な部分だけじゃなくて、時には弱いところも、情けないところも、カッコ悪いところだって全部見せること、そしてそれを乗り越える姿まで全部見せること。その姿の中に、何か感じてもらえるものが必ずある。

今の重岡くんには、そういう新しい覚悟が見えるから。

 

 

”消えたくなった夜も 逃げたくなった朝も

 まあまあカッコいいんじゃない”

”頑張れなくていい 嫌になったっていい

 情けなくていい ダサくていい

 怖くなってもいい どんな自分だっていい”

”どうしようもないくらい どうしようの繰り返し”

”僕は僕で僕なんだ”

”間違っちゃいないんだ”

 

 

彼の心の叫びが歌になって、今やファンからも、メンバーからも愛される存在になった。彼の作る曲を心待ちにしている人たちがいる。彼の生き様に力をもらっている人がきっと今この瞬間にもどこかにいる。

 

彼の才能は、愛される力。まっすぐで、誠実なその姿が人を惹きつけ、思わず世話を焼きたくなっちゃう、そんな風に思わせる。

彼の強さは、弱さを認められること。自分の弱さに気づき、それを認めて、乗り越え、強さに変えることができる。

彼の生き方は、変革を続けること。良いものを躊躇せず取り入れることができる。それでいて根っこにある信条は失わない。そうやって常により良いほうへと変わり続けることができる。

そして彼の財産は、仲間。時には何も言わず、そっと遠くから見守っていてくれる。時には彼に力強い言葉をかけてくれる。”大丈夫、しげならできる”って、いつでも暖かく、彼を包んであげられる。光を失いかけた太陽にもう一度陽を灯すことができるのはきっと彼らしかいないから。

 

「メンバーそれぞれが離れた場所にいても、7人でいられる幸せを感じてたって俺は確信してて。それって最高じゃない?その気持ちを言葉にして伝えるかどうかは、それほど意味がない気がして。そんな次元の絆じゃないから。」

「楽屋でおもろいことしてる時。番組でみんなで爆笑とった時。家でテレビを見てて、誰かが笑いとってる時も。ライブで目の前の子が笑顔になったときも思う。"俺たち7人どうや!"って。本当に、ずっとずっと7人、仲良くいたい。あ、でも、毎日思うのは"7人でよかった"ってことじゃないですね。

いつも感じるのは、"この7人最高やな!!"ってことです」

 

どうかこれからも重岡くんの周りに、笑顔と光が満ち溢れますように。

 

 

重岡くんへ

28歳の誕生日おめでとう。

私にとって重岡くんは太陽みたいな人。周りをあたたかく照らすことができる人。時には熱いくらいギラギラ照らしているときもある気がするけど、それすら愛おしくて。

でも、毎日自分を燃やして周りを照らし続けるのはつらくないかなって、たまに思ってしまうんだ。

重岡くんは底抜けに明るい人に思われるけど、本当はそんなことない。自分でもそう言ってたよね。「明るくて元気な子」そう思われているのがたまにプレッシャーになるって。辛い時も、苦しい時もきっと沢山あるよね。

 

でもね、重岡くんは、一人じゃない。だからつらい時は抱え込まずに、誰かに頼ってください。

誰よりも近くで重岡くんのことを見てきた神ちゃんが、気の置けない、何でも忖度なく話せる同期の流星くんが、誰よりも重岡くんのファンでいてくれている小瀧さんが、何度ぶつかっていっても必ず受け止めてくれる淳太くんが、重岡くんの強みも弱みも全部わかってくれている照史くんが、誰よりも優しく、重岡くんの心の機微に気づいてくれる濵ちゃんがそばにいる。

そして私たちファンも、なにがあっても重岡くんの味方です。

 

だから今日は、重岡くんが私たちに届けてくれたあの言葉を私からプレゼントしたいな。

 

今この瞬間を大切に生きている人。

誰よりも繊細で傷つきやすい人。

だからこそ、弱い人の気持ちに誰よりも寄り添える人。

頑張る人のことを絶対に笑わない人。

誰かを救うために、身を粉にして頑張り続けることができる人。

 

いつも本当にありがとう。心の底から、大好きです。

2020.8.26  私より

 

 

”君は君のために生きるんだ

 僕は君の陽だまりになる”

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「ありがとう」と「ごめんね」の話

King&Prince結成5周年おめでとう。

私にこの日をお祝いする資格があるかどうか、自信がないのだけれど、でも心から溢れてくるおめでとうを何とかして伝えたくて。だから、「おめでとう」を贈るために、「ごめんね」を言わせて欲しい。

 

 

 

 

Mr.King vs Mr.Prince」

 

当時、関西jr.としての紫耀くんと廉ちゃんを、Kin Kan平野紫耀くんと、なにわ皇子の永瀬廉くんを応援していた私にとってその結成は、どこか突き放された感じがしたことを覚えてる。

柊真くんが自分の夢を追いかけて旅立ってから、ピンと張りつめていた糸が弛むかのように、紫耀くんと廉ちゃんが東京に引っ張られて、関西には3人だけが残った。どれもこれもきっと喜ばしい事だったはずだけど、私にはどこまでも6人一緒だったはずのなにきんがバラバラになってしまったように見えて。

 

東京に出てきて、"親友"と称するくらい信頼し合える神宮寺くんと出会って、同い年でなんでも話せる玄樹くんと出会って、いつでも笑顔をくれる優しい岸くんと出会った紫耀くん。

海人くんにとっては、きっと紫耀くんと廉ちゃんが同じグループになって安心したよね。嬉しかったよね。

 

でも私の目には、6人の姿はあまり綺麗に映ってくれなかった。他の4人のメンバーのこと、ネガティブな感情を持って見たことは一度もなかったけれど、「紫耀くんと廉ちゃんがデビューするべきなのは、このメンバーとじゃない」、そんな風に思ってしまってた。ごめんね。

 

 

紫耀くんが地上波の深夜番組に出演したり、キンプリが朝の報道番組で「サマーステーション」を披露したり、段々と多くの人の目に触れる機会が増えていって、その一つ一つが私にとって大切な思い出になった。

一方で、2人の帰るべき場所からどんどん遠ざかって、もう後戻り出来なくなってしまうんじゃないか、そんな不安もあった。このままキンプリが人気になって、紫耀くんと廉ちゃんが関西に帰れなくなったらどうしよう、そんな想い。

2つの大きな気持ちが絶えずぶつかり合って、心を「がんばれ」の気持ちで100%満たすことがいつしか出来なくなった。

 

 

 

「東京で関西Jr.広めてこい!」

 

その言葉を背負って出てきたはずだったのに、時が経つにつれて段々と紫耀くんの関西弁は抜けて、レギュラーメンバーだったはずのまいジャニにはゲスト出演するようになって、そして2人は東京jr.になった。

康二くん、大ちゃん、流星が3人で必死に頑張っている姿を見るのも、東京のステージでキラキラ輝く2人を見るのも、いつしか切なくて、苦しくなってた。

 

海人くんと3人で作り上げたEXシアターでの公演でも、ペンライトを青色にするのがやっぱり少し辛かった。目の前で一生懸命に歌って踊る紫耀くんに釘付けになって、「がんばれ、がんばれ」って思いながらも、やっぱり心の端っこでモヤモヤしたものが燻っていて。

 

「次涙を流すのは、この6人でデビューする時」

康二くんと柊真くんと紫耀くん、流星と大ちゃんに囲まれて泣きながらそう答えた廉ちゃんのことも、

「上京が決まった時、僕、本当は名古屋に残りたかった」

雑誌のインタビューでそう語ってくれた紫耀くんのことも、どうしても忘れられなかったから。

"期間限定ユニット"、その言葉をいつまでも信じていたかった。

 

そんな私の気持ちとは裏腹、どんどん有名になっていく2人と、取り残されていく自分。ジャニーズワールドの最年少座長、ジャニーズJr.にして単独CM起用。映画初主演。紫耀くんはずっとずっと、目の前のお仕事を掴んで、がむしゃらに頑張っていたのに、私はそんな紫耀くんを心から応援することができなくなっていった。

 

 

紫耀くんから離れたのはその頃で。

「私には紫耀くんを応援する資格はない」

そう思ってしまったらもう、身動きが取れなくなってしまったから。

 

 

 

それから時が経って、でも、どんなに頑張っても私の心から紫耀くんが消えることはなかった。つい目で追ってしまうMr.KING、そしてPrince。

その2グループが再集結してKing&Princeとしてデビューを発表したその日でさえ、私は目を逸らしてしまったこと、デビューおめでとうって心から祝福できなかったこと、紫耀くんの「この6人でデビューしたいと僕がジャニーさんに頼みました」、その言葉がどうしようもなく哀しかったこと。

 

あの日、もし心から「おめでとう」と思えていたら。デビューという大切な瞬間に立ち会って、一緒に喜び合えていたら。

全部全部、後悔しきれないくらい後悔してる。考えて眠れない日もあるくらい。馬鹿だった。間違ってた。ごめんね、ごめんなさい。その気持ちは今でもずっと心にこびり付いたまま。

 

 

 

 

 

あの頃、私の目にはきっと濁ったフィルターがかかっていた。私がこうあってほしいと願う紫耀くんの在り方に固執して、一生懸命に頑張る6人を、お互いに切磋琢磨する6人を、キラキラと輝いていた6人をちゃんと見ようとしなかった。

ごめんね。本当にごめんなさい。

 

今、私の目に映る6人は、言葉では表せないくらい綺麗で、大切で、かけがえのないもの。この6人でよかった、この6人じゃなきゃ。そう思える今を大事にしたいと思ってる。

 

今King&Princeの6人に対して抱いている感情は、大きくて、暖かくて、優しくて。そんな感情で心が満ち溢れる幸せを、噛み締めています。

これから先ずっと、King&Princeの一瞬一瞬を目に焼き付けて、応援し続けることで少しでも償えたら。そんなことじゃ償いにもならないのかもしれないけれど。

 

いつも笑顔をくれてありがとう。

勇気をくれてありがとう。

優しさを教えてくれてありがとう。

 

6人が出会った奇跡と、6人を引き合わせて下さったジャニーさんへの感謝を込めて。

 

 

 

ごめんね。ありがとう。おめでとう。

大好きです。

 

 

 

2020.6.5 

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私の青春を支えてくれた大切な人たちへ

この春、六年間通った学び舎を離れ、私は大学生になった。

新しい環境、新しい挑戦、新しい出会い。中高一貫校に通っていた私にとっては、「新生活」というものは六年ぶりで、何かにつけて中学に上がったばかりのあの春を思い出す。

新しい制服に袖を通す感覚、夢にまで見た憧れの校舎に足を踏み入れた日。そしてそこで待っていた様々な出会い。

その中の一つに、ジャニーズWESTがあった。

 

「今がチャンスだよ」

中学生になって初めてできた友達がそう言って紹介してくれたのがジャニーズWESTだ。今月デビューするから、ファンになるなら今がチャンスだよ、と。その子としては、一緒に応援できる仲間が欲しくて、不意を突いて出た言葉だったのだろうと思う。けれど当時の私には、心底もっともらしく聞こえたのだ。そして、今でもずっと心に残っている。

最初の頃は、名前と顔も一致しないような状態で、「ともひろとかたかひろとか、桐山とか神山とか紛らわしいな!」とか思っていた。なんて失礼な奴だろうと思う。そんな私に彼女はメンバーの性格から何から、デビューの時に一悶着どころか七悶着くらいあったことまで丁寧に教えてくれた。当時はガラケーしかもっていなかったし、パソコンなんてろくに触ったこともなかった私にとっては彼女が唯一の情報源で、私がWESTのファンになれたのは確実に彼女のおかげだと思う。絶対見てないとおもうけど、ありがとう!!!(直接言え)

 

中学一年生の春、ジャニーズWESTに出会ってからというもの、私の生活には常に彼らがいた。あっという間に過ぎていった、今振り返ってみればまるで幻のような青春時代の私を彼らの存在と彼らの楽曲が支えてくれたことは、たとえいつか私の生活からジャニーズWESTが消える日が来たとしても、一生忘れることのない財産だと思う。

 

 

ここに少しだけ、備忘録として私の青春時代の思い出を書き起こしてみたい。

 

 

重岡くんが初めて出演したゴールデン枠のドラマ「ごめんね青春!」の初回放送を、自分のことのようにドキドキしながらテレビの前に正座して待ったこと。

ジャニーズWESTの1stコンサートに行きたいとお願いしたけれど、親が厳しくて行かせて貰えなかったこと。(結局パリピポもラッキィィィィィィィ7も行かせて貰えずだった)

少ないお小遣いで、かけ持ちしていたグループとの兼ね合いもあって、WESTのCDには全然手が出せなかったこと。

遠足の時、街で見つけたサーティーワンのお店で流れていた「ジャニーズWESTおすすめフレーバー紹介VTR(みたいなやつ)」を見たいがためにお店の前にやたらと長居したこと。(ごめんなさい)

中学三年生の夏、親に頼み込んで、やっと発足したファンクラブに友達と一緒に申し込んだこと。

映画館の大きなスクリーンで観た「溺れるナイフ」があまりにも衝撃的過ぎて、夜眠れなくなったこと。菜奈ちゃんと重岡くんのキスシーンをドキドキしながらみたあの気持ち。

中学三年生のクリスマス、初めて彼らがドームに立った日も、遠征は叶わずこの目で見ることはできなかったこと。
初めて行ったLIVEツアー「なうぇすと」で、初めて生で見たメンバーに心底感動したこと。(これは一生忘れないと思う。)

高校生になって、アルバムだけでなくシングルも毎回購入できるようになった嬉しさと、それでも一形態選んで購入するしかない悔しさ。

Mステは何回目の出演でも緊張して、その日は何も手につかないこと。そして必ず何かしらのハプニングを起こしてくれるWESTさんを観てほっとする恒例行事。

LIVEの当落を待つとき、ページを開くときのあの気持ち。

横浜アリーナの日程と部活の本番がかぶったからと親に頼み込んで、静岡のエコパアリーナ公演に入るために初めて友達と二人だけで新幹線に乗ったこと。

WESTivalの「乗り越しラブストーリー」で重岡くんが弾くピアノを初めて生で聴いて、涙が止まらなくなったこと。

「GOD DAMN」に感動して、帰りの新幹線で友達が寝てしまったあと、ずっと聴いていたこと。

プリンシパル~恋する私はヒロインですか?~」を観に行った日、午前中に雪が降って、めちゃくちゃ寒い中友達と映画館へ向かったこと。映画の中で幾度となく出てくる雪景色を見て、その日を選んで降った東京の雪に何となく運命を感じたこと。

高校二年生になって、大所帯の部活の長として奔走しながら押しつぶされそうな日々を送っていた時、WESTの活躍が日々の励みになって、彼らの楽曲に日々背中を押されていたこと。

友達とお泊り会をして、一晩中かけてLIVEDVDを見尽くしたこと。

宇宙を駆けるよだか」を観た時の衝撃。

WESTV!で生で聴いた「間違っちゃいない」で例のごとく大号泣したこと。

リアルタイムのジャニーズWESTとはほぼ決別した状態で過ごした高校三年の一年間。(週一回のパパジャニWESTだけで生きていた)

「間違っちゃいない」、「アメノチハレ」、「Big shot!!」が私の受験生活のテーマソングだったこと。

ストロベリーナイトサーガ」の一話を最後に、「白衣の戦士!」も、「これは経費で落ちません!」も、「決してマネしないでください。」も「死役所」も「知らなくていいコト」も、受験生活のあいだは泣く泣く観るのを我慢したこと。

重岡くんがブログを更新してくれる度に「今日も頑張れそう」って元気をもらえたこと。

学校や予備校が終わった後、ファミレスで夜遅くまで勉強しながらずっと聴いていた「間違っちゃいない」。

 

これでもほんの一部に過ぎないけれど、こうやって書き起こしてみると、ジャニーズWESTという存在が自分をどれだけ支えてくれているか、私という人間が構築されるうえでどれだけ大きな存在だったか、改めて実感する。そしてそこには、何度言っても言い尽くせないくらいの「ありがとう」にあふれていて。

 

 

いつだって彼らは、

ジャニーズWESTを応援していてよかった」「これからもずっとついていきたい」

そう思わせてくれる。

 

”一度悲しい思いをさせた分もう二度と悲しい涙は流させない”いつか淳太くんが10000字インタビューでそう言っていたけれど、そうじゃなくたってきっと彼らは他のどのグループよりもファンを大切にして、ファンのことを考え抜いてくれる人たちだったと思う。

 

「ファンもジャニーズWESTのメンバーの一人」

「チームジャニーズWEST

どれだけ有名になっても、物理的な距離が離れても、そうやってずっと心で近くにいてくれる。

LIVE中、彼らが何度も口にする「ありがとう」の言葉。耳が痛くなるくらい、もういいよ!って言いたくなるくらい、何度も言葉にしてくれるのは、きっと無意識で言っているからなんだろうなって思う。いつ何時も、私たちファンへの感謝の気持ちを持っていてくれる彼らだからこそ。

 

でも本当に「ありがとう」って言いたいのは、言わなきゃいけないのは私のほうで。

 

 

悩んで、迷って、考え抜いて、そして最後にはどんな逆境も乗り越えて笑顔に変える姿。

「間違ってもいい」「どんな自分だっていい」って魂を込めて歌ってくれる姿。

どんな仕事にも手を抜かず、過酷な仕事でもすべてやり切って「楽しかった!」と笑って言ってのける姿。

常に新しいものを吸収し習得して、私たちファンに見せようとしてくれる姿。

 

「アイドルを応援しているだけ」のはずだったのに、いつのまにか、一生懸命に生きる人たちの日々を追いかけていて、「ただ目の前のことを懸命にこなすこと」がどんなにかっこいいことかを教えてもらって、私も彼らのように泥臭く一生懸命に生きたいと思って、それが気づけば私の青春時代の全部につながっていて。

部活だってそう、受験だってそう。

「今何かが変わらなくたって、今やっていることは必ず未来の自分のためになってる」

そう信じてただがむしゃらに、しがみついて戦って、やり切れたのは、”そういう生き方”を彼らが教えてくれたからに他ならない。

 

ジャニーズWESTが人生のバイブルで、ジャニーズWESTが私の目標。

 

だからもっと多くの人にジャニーズWESTを知って欲しい。私が救われたように、支えられたように、きっと彼らに救われる人達が沢山いる。彼らを応援することで、目に見えないけどものすごく大きな力を貰えるから。

まだジャニーズWESTを知らないなんてもったいない、応援しないなんてもったいないって、ずっと思ってる。

応援するのに長いも短いも無い。ジャニーズWESTに出会ってしまえばこっちのもの。

 

 

 

だから私は毎日、毎分毎秒、いつだって世界中に言いたい。

「今がチャンスだよ」って。

 

 

 

 

私の青春を支えてくれた大切な人たちへ

デビュー6周年本当におめでとう。

表舞台でキラキラと輝く人達だってこんなに悩んで考えるんだ、私も悩んでもがいていいんだ、いつでも素のまんまの貴方達が私にそう教えてくれました。

私というちっぽけな人間に、大きな活力をくれました。

ジャスミン花言葉は「貴方に着いていく」。

ファンネームがジャス民に決まった時、そう教えてくれたあの時から、ずっとずっとジャニーズWESTに着いていくと決めています。

 

どんどん大きくなってね。大丈夫、どれだけ遠くなったって、心でずっと近くにいてくれるってたくさん時間をかけて証明してくれたから。

 

崖っぷちでもいい。なんだっていい。

貴方達の一生懸命に生きる姿が、私達ファンの誇りであり、何よりも守りたい大切なものです。

いつも本当にありがとう。

 

おじいちゃんになっても、ずっと7人で笑っていてください。

そしてずっと向こうの未来でもう一度聞かせてね。

「神様、こんな素敵なメンバーに出会わせてくれてありがとう」って。

 

私より

 

2020.4.23  ありったけの愛を込めて

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海人くんへの「ありがとう」傑作選

海人くん、21歳の誕生日おめでとう〜〜〜!!!

私が初めて見た海人くんは、確か15歳とかだったかなあ。時は流れるもので、あの時の海人くんの歳なんてとっくに越して、私はデビュー当時の海人くんと同い歳になりました。(今年の誕生日で19歳)

 

普段から海人くん海人くんってうざったいほど鬱陶しいほど呟いて、海人くんのことばかり考えている私ですが、大好きで大切な人の誕生日ということで、今日は海人くんに日頃の感謝を伝えたいな。届かないのは分かってるけど形にするのが大切でしょ?

 

 

 

まずは今まで言えなかった正直な思いをひとつ。

 

海人くんを好きになれてよかった、出会えてよかった、って思う毎日だけど、実は悔しい思いもずっと心の中にあった、ということ。

 

私は元々は紫耀くんのヲタクだったので、EXシアターでのMr.KINGのライブではペンライトを青色にしてたし、せっかく生で観れた「花に想いを」のパフォーマンスも実は全然覚えてません。くそう。「ブリュレ」だって紫耀くんのことばっかり見てて、正直海人くんは視界にすら入ってなかった。悔しいのなんのって。

紫耀くんのことを好きで一生懸命追いかけた時間はすごく幸せだったし、もちろん後悔してない。けどもっと早く、海人くんの良さに気付けてたらなあって思う時が多々あるのです。

 

 

海人くんのことをまっすぐ一途に追いかけて、あの時私のすぐ傍で黄色いペンライトを振っていた子は今でも海人くんを応援し続けてるのかなあ。もしそうだとしたらすごく羨ましいなって思っちゃう。

自分の心の中にある「髙橋海人」という存在の重さと、自分が海人くんのことを想って過ごした日数が釣り合ってないというか。まだまだ知らないことが沢山あるし、雑誌を読んで、映像を観て、その度に新しい発見がまだまだある。それが楽しくもあり、不安でもあり。

 

"こんなんで海人くんのファンを名乗っていいのかな"

そんな風に思ってしまう日もあって。

 

 

新規がどうとか古参がどうとか、そういうことで威張ったり、誰かを淘汰したり、大きな顔をしたり、そういうのを心底馬鹿らしいと思っていたはずだったのに、いざ自分が紫耀くんから海人くんへの『担降り』というものを経験した時、萎縮しちゃって海人くんへの好きを思う通りに表現出来なかった。

肩身が狭い感じがして、周りの目が怖くて、だからTwitterInstagramをやめてたった一人で海人くんを応援していた時期もあって。

 

でも、きっと海人くんは

「そんなこと気にしなくていいんだよ!」

って言ってくれるだろうなあって思ったり、ネガティブな気持ちよりも、海人くんへの気持ちを言葉にしたい、他のファンの子達とも共有したい、そういう気持ちが前に出てくるようになって、大学受験が全て終わったタイミングでこのアカウントを始めました。

今、日々海人くんへの気持ち、King&Princeの皆への気持ち、そしてジャニーズWESTに対しての気持ちも。自分らしく、自分の言葉で表現できて、それに共感してくれる素敵な方たちに囲まれていることがすごく幸せです。ありがとう!!!!

 

 

次に、どうして海人くんを好きになったんだろう、海人くんの何に惹かれたんだろうってことについて。あれこれ考えみたけど結局それって多分、

「自分と似ているから」

だったんだと思う。

 

 

元々海人くんに対して抱いていたイメージは、

"天真爛漫で、明るくて、でもいつもどこか自信なさげな子"。

いつ何時も笑顔で、人懐っこくて、持ち前の明るさでその場の雰囲気すらも明るくしてしまう海人くん。でもその裏で、人知れず沢山悩んで、考えて、不安になって、涙を流してることを知った時、「なんか似てるな」って思ったのを覚えてる。

 

もちろん、私は彼みたいに出来た人間ではないし周りに元気を与えるようなすごい力も全然持ってない。

でも、海人くんが悲しい涙や悔しい涙を人前であまり見せない理由も、悩んでいることを表に出さない理由も、自分の憶測も多少混じっていたけど、すごくよく分かる気がした。

 

小学生の頃、何気なく友達に言われた「うたちゃんっていつも明るいよね」の言葉で、私の中で"自分は明るい人間なんだ"っていう概念が固定されて、それから気づいたら、どんな時でも明るくいなきゃって思いながら毎日過ごすようになってた。

本当は人見知りで、一人でいるのが好きで、あまり大勢ではしゃいだり騒いだりするのは好きじゃなかったのに、少し笑顔が無くなると「うたちゃんが真顔だと何考えてるかわかんなくて怖い」って言われたり、悩み事があって笑えなかった日も、「らしくないよ」って言われたり。だから、なんか違うなって思いながらも、例え楽しくなくても笑顔でいるように心がけた。

悩みがあっても、親にしか相談できなかったし、友達には悩みがある素振りすら見せない。いつもヘラヘラ笑って、皆のこと笑わせて、楽しそうにして。そしたら今度は「人生楽しそうでいいね」「なんにも悩みなさそうでいいな」なんて友達の何気ない言葉で心底傷ついて。

そうやって「周りから見た自分」と「自分が思う自分」がどんどんズレていって、その度に心が疲れてく。

 

 

海人くんにも、私と同じような経験があるんじゃないか、って思ってしまって。

彼はアイドルだから、いつも笑顔でいるのも、不安や疲れを見せないのもプロ意識のうちに含まれてるのかもしれない。けど、笑顔の奥に少しだけ滲む自信のなさ、不安げな様子には、「周りの思う通りの自分でいなきゃ」っていう思いがあるんじゃないかなって。

 

思い違いかも知れないけど、一度そう思ってしまったら、もう彼から目が離せなかった。一生懸命な姿を見る度、嬉し涙、感動の涙を流す彼を見る度、感情を思いきり表現する彼を見る度に、自分も頑張ろう、もっと自然体でいてみよう、って思えた。

 

だから、今私が自分らしくいられるのは海人くんのおかげでもあって、海人くんの存在が日々の活力!本当に!!

 

だから海人くんにもし、もしも直接会ってお話出来たら、「大好きです」よりも先に「ありがとう」って言いたいな。

 

 

こうやって日々、自分のいいように勘違いして、それを信じて燃料にして突っ走る!なんてことをしているわけでございます。

 

 

 

最後に、今思っていること!!

海人くんの事を知ろうとしていなかった時間>海人くんのことを好きになってからの時間

です、今のところはまだ。海人くんについてより紫耀くんについてのほうがよく知ってるし、紫耀くんを見たくて買った雑誌を、海人くんの事を知りたくて読み返してる日々。まだまだだなあって思う。

 

 

でも、いつか<に変わる日を迎えたいし、海人くんについて新しい発見をして、その度に好きを更新するこの日々も大切にしたい。

海人くんが頑張るたび、私も頑張りたい。

海人くんが笑う度、私も笑ってたい。

 

 

そんな気持ちを大切にしてこれからも自分らしく、海人くんを好きでいたいと思います。

 

 

海人くんへ

20歳の一年間はどうでしたか?

私から見た海人くんは、毎日すごく輝いていました。

新しいことに挑戦していく海人くんを見る度、私も少し不安になって、ただひたすら頑張れって願ってたよ。

でも最後には何でも自分のものにして、思い切り楽しめちゃうのが海人くん。

何度も「すごいなあ」って思った。

 

海人くんが嬉しいと私も嬉しくなったり、

海人くんが涙を流すと私も泣いてしまいそうになったり。

 

色んな感情をくれて、そして自分らしい自分を見つけようと奮闘する姿を見せてくれた。

『生まれ変わってもアイドルになりたい』

その言葉で、私もいつか、自分らしくいられる"居場所"を見つけたいと思えたよ。

 

 

 

天真爛漫で、いつも笑顔が絶えなくて、だけどどこか少し自信なさげで、朗らかな雰囲気の裏で、誰よりもたくさん考え抜いて、悩んで、そうやって一生懸命生きてる人。

人が好きで、人を愛して、大切にして、その分人に愛され大切にされて、過去や思い出を大切にして、家族を、友達を、仲間を自分以上に大切に出来る人。

 

 

いつも本当にありがとう。

貴方のことが大好きです。

 

 

私より

 

 

2020.4.3

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